2012年05月16日

努力が必ずしも美徳とは限らない

よく、「何事でも努力が大切だ」「やる気や熱意が大切だ」「やり方を変えたり工夫する事が大切だ」と言う人が居ます。確かに何事においても努力や工夫ややる気など精神的な部分や心の持ち方は大切だと思う。しかし全ての物事が精神論で物事が動いているわけではない。

物事が上手くいかないときには「原因は何か」と言う事を分析する必要性がある。例えば資格試験で不合格だった場合「ただ単に運が悪かった(強烈に難しくて皆ができないような問題が出題されてそのときの合格率が極端に低かった等)」のかただ単に「自分の努力不足(過去問をきっちりとといていなかった)」「体調が悪かった(体調のせいにするのは良くないが)」「苦手な問題が出題された」等を分析する必要性がある。皆ができるような問題や毎回出題されるような形式の問題がが出来なかったのであれば努力不足だ。ただ単に努力がどうのこうのというのでなくきっちりとその分析を行う事が大切だと思う。


また、売上が伸びない時であれば、「なぜ売上が伸びないのか」と言う事を分析する必要がある。例えば商品1個あたりの単価が安かったから売上高が延びなかったのか、売り上げた商品数が伸びなかったのか、広告宣伝のやり方なのか。きっちり分析する必要がある。

結構知的レベルの低い人に限って「努力が大切だ」と言った精神論をいいたがるような気がする。精神論も大切だが、分析力も大切だ。



posted by 副業探偵 at 15:05| 人間観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする